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最高裁判所第二小法廷 昭和30年(オ)620号 判決

東京都北区志茂町二丁目一八〇一番地

上告人

北野とみ

右訴訟代理人弁護士

伊藤清

大城豊

東京都北区志茂町二丁目一三六一番地

被上告人

西チト

右当事者間の家屋明渡請求事件について、東京高等裁判所が昭和三〇年四月二五日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人伊藤清、同大城豊の上告理由について。

原判決は挙示の証拠により被上告人の先代は、上告人の亡夫北野孟夫が戦争当時住居に困つていたので、その窮状をあわれみ本件建物を無償で使用させることとし、爾来上告人一家が本件建物に居住するようになつたが、昭和二八年八月二六日に至り被上告人は上告人に対し本件建物の明渡を求めたものであり、上告人の本件建物占有の根拠は使用貸借であつて、右使用貸借は被上告人の右明渡の申入によつて終了したと認定したのである。右判示は上告人の亡夫死亡後における本件使用貸借は返還の時期又は使用及び収益の目的を定めざりしものであつて、貸主は何時にても返還を請求することができるものと解したのであることは判文上推認するに難くないから原判決には、所論の如き使用貸借に関する民法五九七条の解釈を誤つた違法も、理由齟齬の違法もない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一)

昭和三〇年(オ)第六二〇号

上告人 北野とみ

被上告人 西チト

上告代理人伊藤清、同大城豊ノ上告理由

原審判決ハ其ノ理由ニ於テ、本件家屋ハ上告人(控訴人)ノ亡夫北野孟夫ガ被上告人ノ被相続人西藤右エ門ヨリ贈与ヲ受ケタルモノト認メ難ク、ムシロ「控訴人(上告人)の夫北野孟夫は昭和十八、九年頃から西藤右エ門の経営する日本木工株式会社に勤務してゐたのであるが、戦争当時同人か住居に困つてゐたので、西藤右エ門はその窮状をあわれみ同人に本件建物を無償で使用させることゝし、爾来控訴人一家が本件建物に居住するようになつたことを認めることが出来る」ト判示シ更ニ「そうすると控訴人(上告人)の本建物占有の根拠は前示認定の使用貸借であるといふべきである」ト認定シタ。

即原審判決ハ、西藤右エ門ハ本件建物ヲ最初上告人ノ夫孟夫一家ノ住宅難ヲアワレミテ之レヲ使用貸借シ、孟夫死亡后ハ上告人ニ其ノ使用貸借ヲ継承セシメタモノナル旨ノ事実認定ヲ為シタノデアル。換言スレバ、本件使用貸借契約ニ於テ定メラレタル目的ハ貸主ニ於テ上告人一家ノ住宅難ノ窮状ヲアワレミ之レヲ救済スルニアル。故ニ其ノ目的ニ従ヒ其ノ使用及ビ収益ヲ終ル時ハ上告人ノ子女ガドウヤラ成長シテ、他ニ住宅ヲ求メ得ル時期デアラネバナラナイ。然ルニ目下上告人ハ肺結核ノ重症ニ罹リ、常ニ喀血ニ苦シミ五人ノ児女ヲ擁シテ生活費ニ窮シ、民生委員ノ保助ヲ受ケ居ル状況デアル。住宅難ノ窮状ヲアワレミ使用貸借ヲ約サレタル本件契約ノ目的ハ未ダ終ラザルコト最モ顕著デアル。

然ルニ、原審判決ハ「そこで被控訴人(被上告人)が昭和二十八年八月二十六日控訴人に対し本件建物の明渡を求めたことは控訴人(上告人)の認めるところであるから右使用貸借は、この申入によつて終了し控訴人(上告人)は被控訴人(被上告人)に対して本件建物を明渡す義務がある」旨判示シタ。

由来返還ノ時期ヲ定メザル使用貸借ニ於テハ「借主ハ契約ニ定メタル目的ニ従ヒ、使用及ビ収益ヲ終リタル時ニ於テ返還ヲ為スコトヲ要スル」モノニシテ、其レ迄ハ使用ヲ許容サレルモノデアルコトハ民法第五九七条第二項ニ明定スルトコロデアル。

而シテ返還ノ時期ノ定メナキ本件使用貸借ニ於テ其ノ目的ハ未ダ完了セラレザルコト前述ノ如クデアル以上ハ仮令被上告人ヨリ返還ノ請求アリト雖モ、上告人ハ直ニ之レヲ明渡スベキ義務ヲ負フベキモノデハナイコト勿論デアル。

要スルニ、原審判決ハ其ノ認定事実ニ鑑ミ当然適用スルベキ民法第五九七条第二項ヲ適用セザルカ、又ハ其ノ適用ヲ誤リタルモノニシテ畢竟判決ニ影響ヲ及ボスベキコト明ナル法令ノ違背アルモノニシテ、民事訴訟法第三九四条ニ該当スル。

又、原審判決ハ判示理由中其ノ前段ニ於テ本件使用貸借ノ目的ハ上告人一家ノ生活難ヲアワレミテ之ヲ救済スルニアル旨判示シナガラ(民法第五九七条第二項該当事実)其ノ後段ニ於テ貸主ハ何時ニテモ返還ヲ請求シ得ル(民法第五九七条第三項該当事実)モノヽ如キ判示ヲ為シタルハ畢竟原審判決ハ其ノ理由ニ齟齬アリテ民事訴訟法第三九五条第一項六号ニ該当スルモノト謂ハネバナラナイ。

孰レニシテモ、原審判決ハ破棄ヲ免レザルモノト信ズル。

想フニ、原審判決ハ之レヲ其ノ儘執行スレバ、人情ニ背キ常識上到底納得スベカラザル事態ヲ惹起スルモノデアルカラ此ノ際破毀差戻サレ、更ニ適切妥当ナル裁判ヲ仰ギ得ル機会ヲ与ヘラレ度ク切願スル次第デアル。

以上

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